花びらは砂糖に埋めて - 2/2

 水の上の空気は澱みなく澄みきっている、朝ともなれば尚更に。僅かに冷たい空気もこの時間帯のものであれば心地好く、足首にまとわりつく夜の名残を追い払うのにもちょうどいい。リオセスリはキッチンで紅茶を用意すると、ふたりぶんのティーカップも乗せたトレイを片手に寝室へと逆戻り。ノックをすることもなく扉を開けば、大きなベッドはまだ小さな山を抱え込んでいた。
 サイドテーブルにティーセットの乗ったトレイを置くと、ベッドのふちに腰掛ける。真っ白なシーツに包まれるようにして眠っているセヴリーヌに目覚めの兆しは訪れておらず、頬にかかる長い髪を指でそっと払いのけた。
 無理をさせたつもりはないが、そもそもリオセスリとセヴリーヌが身体を重ねること自体、もう何年もしていなかったのだ。性行為は男よりも女に負担がかかるうえ、リオセスリよりうんと小さな身体では体力だって限界がある。彼女の眠りが深くなるのも、当然のことだろう。労わる代わり、柔らかな頬を指の背で僅かに撫でる。
 いままでは、こうして夜明けをともに迎えることすら叶わなかった。リオセスリとセヴリーヌでは居房も異なっていたし、囚人同士が身を寄せあって眠っていては看守に余計な目をつけられかねなかった。だからリオセスリは水の上で彼女を抱き締めるまで、セヴリーヌがどのように眠りにつくのかさえ知らなかった。
 かつての不自由さを思い返せば、やはり彼女を自らの腕のなかへ引き入れたのは正しい判断だった。少なくとも、愛という観点においては。リオセスリはようやく愛する者の安眠に触れ、愛した女が目覚めて最初に自分を見つめる権利を手にすることが出来たのだから。
「……セリン」
 早く目覚めてもほしい、長く安眠に揺蕩っていてもほしい。幸福な矛盾に少しだけ笑い、微かな呼吸とともに震える睫毛の横へくちびるを落とす。
 朝ぼらけの微睡みの隣、紅茶の温度が変わる幸福に身を委ねる。


First appearance .. 2023/11/12@Privatter