閑話01:今日も明日も頂きます - 5/5

 この本丸の食事事情は、主には刀剣男子たちに一任している。学生時代に出会ってからブロック・ブレッド一筋だった私は料理もほとんど出来ないに等しく、キッチンへ立ち入ったところでさしたる戦力にはならないからである。
「ほら主さん、早く手ぇ洗って!」
「はーい」
 だというのに、その事実を知ってなお私をキッチンへ立たせたがる神がいる。我が本丸で調理と食事という習慣を持ち込んだ最大の存在、国俊だ。彼は勤務終了時間を迎えると必ず私を夕食作りへ誘おうとする。私がそれを受ける確率は、いまのところ半分ほど。時間遡行の哨戒任務に関するデータの集約と分析も審神者の業務内容に含まれているから、その立場上私には残業が必ず発生するのである。
 それでも処理するデータ量が少なかったり、またデータ分析までの工程で自走ルーティンを組めていたりする場合は余力があるので、そういうときには国俊に右手を引っ張られることにしている。このサーバー上に存在する人間が私だけである以上、それは必要な行為だった。少なくとも、愛染国俊という付喪神にとっては。
「今日はなに手伝ったらいいの?」
「オレと一緒に野菜の準備! 主さんはキャベツ洗ってくれよな」
 そんなわけで、いまや私よりずっと料理上手な刀剣男子に調理器具の扱い方を教わる日々。差しだされたキャベツひと玉を一旦は受け取った、が、さすがにそれには首を振った。
「これ全部食べるの? 多くない?」
「あ、そっか。陸奥守ぃ! キャベツどんくらい切ればいい?」
 これだけ大きくて重いキャベツを一食で使いきることなんてないだろう、それくらいは私でもわかる。国俊がやたらに広いキッチンで声を張れば「半玉もあれば充分じゃあ!」別の調理台でお肉を切っていた吉行から元気のいい返事が飛んできた。
「だってさ。じゃあ洗うのは半分に切ってからだな!」
「……これって、上から行っちゃっていいの?」
「おう。怖ぇならオレがやるぜ」
 結構な大きさのキャベツを半分に切るとなると、包丁をずいぶんめり込ませる必要がある。怖い、というよりも包丁をどう動かせばいいかの想像がつかなくて、私は国俊の提案へ甘えることにした。「お願いします」頭を下げると、彼はちょっと嬉しそうに笑って「任せろ!」と胸を張る。隣で国俊の動きを観察すると、調理台と身長が合わなくて踏み台を使っている国俊が、それでも危なげなく包丁にちからをかけて大きなキャベツを上から下まで両断していた。
「おお、お見事」
「へへっ、これくらい朝飯前だぜ! じゃあ主さん、あとはよろしく」
「はいはーい」
 包丁の背を手のひらで押し込みながら切り分ければいいらしい、と学びながら、半分になったキャベツを洗って葉の間に挟まった砂利を落としていく。砂汚れのついた食材には、ややの懐かしさを感じてしまった。
「そういえば、今日の夕飯って?」
「焼きそばだってさ。上に目玉焼き乗せたやつ!」
「ああ、この間ソース買ったから」
 汚れもだいたい落ちただろうキャベツの水を切ってまな板に置けば、背を向けた包丁が思いのほか丁寧にわたされる。私の包丁の扱いの覚束なさは国俊もよく知っている、ということだ。
「そうそう! んで、みそ汁は赤だし。三日月も一番いい漬かり具合の漬物引きあげるって言ってたぜ」
「三日月さん、いつの間に漬物に凝り始めたの?」
「さあ? あっ、キャベツの芯は捨てないでくれよな。新しい糠床の捨て漬けに使うんだってさ」
 野菜の芯の取り方は前に吉行が教えてくれたから、私でも出来る行為。キャベツはトマトと違って勝手に潰れていかないのがいい。ざっくり切りだした芯をゴミ箱に捨てようとした手はすかさず止められたから、キャベツの芯はまな板の端で鎮座することになった。
「……まぁ、いいけど」
 三日月さんが着々と漬物の範囲を広げていることも、万屋で追加購入した調味料が遺憾なく利用されていることも、そこで生まれ得る問題はない。ただ、私より彼らのほうがずっと私より人間的だったから、少し不思議な心地になったというだけ。

( 目玉焼き乗せソース焼きそば・みそ汁・ニンジンの糠漬け )


First appearance .. 2023/05/27-07/30@X