閑話01:今日も明日も頂きます - 4/5

 定めていた業務時間後に残業よろしくレポートをまとめていたら、ひと息入れたタイミングを見計らったように自室の外から声がする。「主はん、もう夕飯やで」夕食の準備から逃げて私を呼びにきた国行のアナログな呼びかけにも、もう慣れてしまった。審神者と刀剣男士の間には個別の通信回線が設けられているので呼びだすだけならそれで事足りるし、吉行なんかはちょっとした連絡によくその個別回線を使っている。わざわざそれを避けて部屋までくるということは、その労力と時間をあえて支払う目的があるということなのだ。
「はいはい、お迎えどうも」
「いーえ。ほな行きましょか」
 呼ばれれば作業を一時中断して出てくる私の行動は、通信回線越しであろうと扉越しであろうと同じ。恐らく国行が調理器具を洗うのを面倒がって、しれっと「なら自分は主はん呼んできますわ」とか言ったのだろう。その辺りに関しては吉行に一任しているので、彼が止めていないのなら大目に見ていいことだと私も判断している。
 さて、そうしてついた食卓が今日は少し珍しい。三日月さんが配膳しているメインディッシュは魚でなくお肉のようで、へえ、とつい声が出た。
「ほう、主は魚より肉が好きか」
「いや、どっちでも。でもうち、魚が多いでしょ」
 吉行が定期購入契約を結んだこともあり、食卓に並ぶタンパク質は魚の割合のほうが高い。実際、昨日は味噌漬けにしていたサワラを焼いたものだった。なんだか新鮮な気分で食卓を眺めているうちに片付けを終えたのだろう吉行と国俊がキッチンから出てきたので、全員で席について手をあわせる。「いただきます」お決まりの挨拶をそれぞれくちにして、早速私も箸を取った。
「珍しいね、お肉」
「魚ばっかりちゅうんも飽きるろう? こいたぁがは簡単じゃ言うき、作ってみたがよ」
 お肉と野菜の炒め物と焼き魚ではどっちのほうが簡単なのかもわからないので、私にはただ頷くことしか出来ない。さっぱりとした味付けのメインディッシュをご飯と一緒に食べていれば、自分も食べては「えいえい」と頷いていた吉行が、それでも眉間へ皺寄せていく。卵焼きのときにも見た顔だった。
「納得いってない顔じゃない」
「うーん、味がのう。わしが見ちゅうレシピ通りには作られんで、どうも淡白になりよったき」
 これはこれで食材の味がわかるからじゅうぶん美味しいと思うのだが、やっぱり吉行のなかでは及第点に届いていないらしい。キャベツとお肉を一緒に食べる。ほどよい塩味は、吉行の想像した味じゃなかったのだろうか。
「ま、そらしゃーないんちゃいます? レシピに書いとった調味料、うちになかったんやから」
「あっ、そうなの?」
 国行がかきたま汁を啜ったあとにこぼした言葉によれば、そりゃあ違う味になるのも当然のこと。しかし基本的な調味料は最低支給食糧として自動補給されるはずなのだが、それでは足りないということだろうか。首をひねれば、キュウリの浅漬けに醤油をこぼした三日月さんに目を向けられた。
「砂糖、塩、醤油、味噌なんかはあるんだがな。それ以外となると、万屋で調達する必要がある」
「ああ、じゃあ今度行く? さすがにそこまで経費不足にはなってないし」
 ただし、ほかの調味料といわれても私では必要なものがわからないので、最低でもリストアップして欲しい。……とは、くちにする前に掻き消された。
「ほんまかえ! ほいたらオイスターソースちゅうんと、コンソメと、鶏がらスープの素と、あと香味ペーストも気になりゆうがじゃ!」
「オレ、赤だしと白みそ! 赤だしの味噌汁も飲みてぇよなぁって三日月と話してたんだよ」
「あと薄口醤油もあっていいと思うぞ。煮物が綺麗になる」
「ほんなら油も種類増やしてええんとちゃいます? オリーブオイルとごま油あったら便利やろ」
 なにせ、言う前からこのリクエストの嵐。料理を丸投げもとい一任しているせいで、全員等しく食事のランクアップを望んでいるらしい。あとあれも欲しい、これもいい、現代にはこういう調味料もあるらしい、そんな話がひたすら飛び交ってはノイズの如き雑然とした情報量。私は肉野菜炒めを食べるのに忙しいというのに。
「全員、明日の定時までに欲しいものリストアップして吉行に提出。吉行はそれに優先度振って、まとめといて。それが終わったら買いにいくから」
 ピーマンとニンジンを咀嚼して言えば、四人揃っていい返事。そんなに調味料を欲しがって使いきれるものなのか疑問に思わなくもなかったが、まあ食べるものは消費されるのだから大丈夫か。

( 肉野菜炒め・かきたま汁・キュウリの浅漬け・白米 )