閑話01:今日も明日も頂きます - 3/5

 本丸で業務を遂行するにあたり発生する問題や懸念事項はおおよそ潰しているつもりだが、いざ現実に直面しないと気付かないのが世の常というもの。この問題もそのひとつで、私は国俊に手を引かれ連れ込まれたキッチンで溜息を噛み殺した。
「国俊、これは?」
「昼飯の準備だよ。いまから準備しておかなきゃ、メシ作る余裕ねーだろ?」
 彼の言葉に間違いはない、稼働して日の浅い本丸では常に人員が不足しているので業務の合間に食事を作る余裕なんて誰にもない。けれど私は、まるで思いつきもしなかった。昼ご飯もブロック・ブレッドと一杯のお茶が自分のルーチンだったので。
「……国俊、いちおう聞いておくけど」
「アレは無しだかんな。だって米あるじゃん」
 せめて業務中の昼食くらいは効率を優先したかったが、国俊はもはやアンチ・ブロック・ブレッドの様子。提案すら許されなかった現実には、さすがに溜息を噛み殺すことが出来なかった。
「まあまあ、そう言いあいなや。全員で作りよったらぱぱっと出来るき」
 食事に関しては意見が真逆の私と国俊の間に吉行が入り込み、ついでに吉行は私の手に衛生用のビニール手袋までつけてしまう。「ほいたら愛染は明石と具材作りじゃ」「おう、任せろ!」キッチンで指揮を執る傍らでお釜を手繰り寄せられたから、私と吉行は同じ作業をするのだろう。相変わらず英断である。
「で、なに作るの」
「おにぎりじゃ。作るがも簡単やし、具も色々作りよったら食べゆうときも楽しいろうて」
 私はともかく主な業務が肉体労働になる吉行たちはそれでエネルギーが足りるのか疑問だったが、まあ彼らが決めたのなら大丈夫だろう。それこそ、活動エネルギーが足りないときはブロック・ブレッドがあるのだし。それより目下の問題は小学生以来のおにぎり作りである。「それじゃあお願いします、先生」まともに握れる自信がなかったので頭を下げれば、任せちょけと頼もしい声を返された。
 お米がくっつかないよう手のひらは適宜濡らしながら、お米は想定しているよりも少なめに取る。具を挟み込んで名前の通りにお米を握れば、そこは意外と身体が覚えているようで、なんとなくそれらしい三角形が出来上がった。
「お、出来た」
「えいえい、満点じゃ! 梅はそっち、焼きたらこはこっちの皿じゃの。さあ、しゃんしゃん握るぜよ!」
 教師は有難くも教え上手で褒め上手、慣れてしまえば流れ作業で大量生産も出来てしまう。梅におかか、ツナマヨとたらこ、順番に握るのがちょっと楽しくなってきた。
「ちなみに、主が好きな具はあるがか?」
「うーん、特には。子どもの頃も、親に作ってもらったものをそのまま食べてたし」
 大量に炊かれたお米がようやくお釜からいなくなろうという頃にそう聞かれたが、食べ物との距離が大きいせいか好き嫌いらしいものも思い浮かばない。正直なところ、いまも出されたものをそのまま頂いているだけなわけだし。しかしながら、味気ないだろう答えにも吉行は微妙な顔ひとつしなかった。
「ほいたら、これからが楽しみじゃな。主はどんなおにぎりを好きになろうかの」
 それどころか、おにぎりを作るには足りないお米で一口大の塩結びを作りながらそんなことを言うのだ。ビニール手袋越しにわたされた塩結び、吉行は自分のぶんをその場で食べてしまったから私もそれに倣う。ちょっと塩辛いおにぎりを食べながら、ただ頷いた。
 本当に、色鮮やかな存在である。

( おにぎり(梅・おかか・ツナマヨ・焼きたらこ)・蕪の浅漬け )