閑話01:今日も明日も頂きます - 2/5

 朝の食卓に、おや、となる。そういえば今朝は吉行が卵焼きに挑戦すると言っていたっけか。昨日食事をしたときと同じ席の椅子を引くと、吉行がなんともバツの悪そうな顔でキッチンからお盆を持ってきた。全員分のお茶碗を運んでくれていたらしい。
「いやあ、失敗してしもうたぜよ。料理ちゅうんはやっぱり難しいのう」
 国行もお味噌汁のお椀を運んでいたから、ああそうか、食事をするってことは食器を運ぶってことか。思いつかなかったことに慌てて立ちあがると、私と一緒に自分の席へ腰を下ろしていた三日月さんに「よい、よい」と座らされる。テーブルのうえをよく見てみればたぶん朝ご飯はもう揃っていたから、成る程立ちあがる必要もないわけだった。
「失敗って、なにが?」
「卵焼きじゃ。わしぁもっとこう、くるくるっとさせたかったんじゃが」
 国俊に箸置きとお箸を配られ、それを受け取って三人が座るのを待つ。私の前に座った吉行のお皿にある卵焼きは確かに黄色というか茶色だったし、かたちはどれも絵に描いたような卵焼きの姿をしていない。焦げたところは吉行が回収したみたいだから、その生真面目さがいいことのような、呆れてしまうような。そんなものは全員均等に分けあえばいいのに。
「ちゃんと焼けてるからじゅうぶんでしょ。炒り卵だって卵焼きなんだから」
 吉行の理想はくるくる巻かれた卵焼きだったらしいが、スクランブルエッグにもそういう名前があるのだから、メニューとして成立しているものを作ったことに変わりはない。一緒に焼かれたベーコンもお皿に添えられているのだから、やっぱり、気にするほどのことじゃない気がする。
「そうかのう」
「そうよ、美味しそうだから自信持ってよ。私が焼いたらたぶん全部真っ黒よ」
「自虐の割にはリアリティありますやん」
「国行、これから当て擦り言うたびに皿洗いね」
「おお、くわばらくわばら」
 朝からなんの遠慮もない国行の茶々を皿洗いへ変換させて、五人揃って両手をあわせる。全員ばらばらに「いただきます」、早速手を伸ばした卵焼きはじゅうぶん美味しかった。「美味しいわよ」ベーコンと一緒に食べたら、懐かしい味がする。子どもの頃は親に作ってもらって食べていたから、そのときのことを思いだした。
「でも吉行は巻きたいんだ?」
「もちろんじゃ! カツオで出汁取って出汁巻を作りよったら、そらあまっこと美味いに決まっちゅうき」
 どうやら吉行は本格的に出汁巻を作りたいらしい。本当に向上心があるというか、彼にとって目新しいものは全部やってみたいのだろう。炒り卵を食べながらうきうきと吉行がいった言葉に、そらええですなあと国行も乗り気になる。「国行も出汁巻食べたいんだ?」「出汁文化の出身やからなぁ。明石焼きって調べてみ」国俊がまつり寿司とやらを好きなのと似たような理由らしい。
「それなら、吉行の出汁巻楽しみにしてる」
 卵なんて毎日食べても飽きないのだから、卵焼きの練習台は私たちがこうして朝ご飯にしてしまえばいい。「主さんは作んねーのかよ」昨日多めに作ったアオサの味噌汁を啜った国俊には首を振った。「言ったでしょ、私が焼いたら真っ黒になるって」自分の習熟度は自分が一番わかっている、私に卵焼きはまだ早い。
「私が卵を焼くときには、先生役がいるってこと」
 そしてその先生役は、この調子だとたぶん吉行だろうので。言えば彼は朝からまた鮮やかな顔になって、ぱっと笑った。
「ならわしも、ようさん練習せにゃならんの!」

( 炒り卵・ベーコン・アオサの味噌汁・白米 )