閑話01:今日も明日も頂きます - 1/5

「いっただっきまーす!」
 食べる前から大満足ボイスと一緒に手をあわせたのは国俊、その隣ではブロック・ブレッド肯定派のくせしてちゃっかり相伴に預かっている国行。三日月さんはずいぶん上機嫌に漆の箸を手にしていて、吉行はにっかにっかとご機嫌な顔で全員が食事へ箸を伸ばす様を見守っている。
 初心者用のレシピを買ったはずなのに、今日の夕飯は何故かカツオのたたき(自家製)。魚を焼くだけならまだしも、たたきとは。吉行と春鰹が出会ったのは運の尽きというべきか、いっそ運命と呼ぶべきか。
 たたきの作り方なんて当然知るよしもなかった私に代わって、魚は吉行がすべて調理した。曰く「作り方さえわかったがなんちゃあない」とのことである。ちなみに彼の目指すところはカツオの藁焼きにあるらしかった。藁焼きってキッチンで出来るのだろうか。
「……いただきます」
 私はといえば、吉行に一から教わるかたちでまず野菜を切ることから始めていた。トマトってどうして中身が飛びでるのだろう。吉行が切ると何故中身が出ないのだろう。コツを掴むまでにトマトをひとつ駄目にしたので、それは逆に潰して和え物のトッピングになった。
「へへっ」
「なに?」
「主さんの「いただきます」、初めて聞いたと思ってさ」
 トマトとわかめの和え物に箸を伸ばしたところで、さっそくカツオを味わっていた国俊がそう笑う。それがあまりに嬉しそうなものだったから、どうにも私のほうがむず痒い。よもや「いただきます」ひとつでそんな顔をされるとは思ってもみなかった。
「そりゃあ食べる前の挨拶くらいはするわよ」
「ま、主はんは十年近く言うたはらへんかったみたいですけど」
「国行ってもしかして当て擦り製造機なの?」
「嫌やわぁ、ちょっとした冗談ですやん」
 私の落ち着かなさをごまかしてくれる、という点では助かっているけども、国行はどうもくちが過ぎる。ここが食卓でなければ頬を抓っているところだったので代わりに軽く睨んでいると、ずず、と汁物を啜る音。三日月さんはマイペースにアオサの味噌汁へ舌鼓を打っていた。
「うむ、美味い」
「そりゃあなによりじゃ! ほいたらわしも、いただきます!」
 その三日月さんから醤油を受け取ってホウレンソウのおひたしに数滴それをかけたあと、大きなくちで頬張っては「美味いのう!」。湯がいただけの野菜になにを、と思わなくもなかったが、吉行に言われなければ色が抜けてくたくたになるまで茹でてしまっていただろうのは私なので照れ隠しのひとつもくちに出来やしない。
「主はん、なんぞ言わんでええんですか?」
 だというのに、国行はこっちの内心を汲み取ったうえで面白がってくる始末。うっかり頬を抓る手が伸びないよう、食事のときは彼と対角線上に座ろうとこころに誓いながらやけっぱちに声を張った。
「そりゃあなによりです!」

( カツオのたたき・トマトとわかめの和え物・アオサの味噌汁・ホウレンソウのおひたし・白米 )