02:反りが合わない刀もある - 2/3

 吉行と話したあとに本丸を歩けば、目的の相手も幸いすぐに見つかった。吉行がフォローに回った、私の失態を一番もろに被ってしまった相手。申し訳なさと居た堪れなさでどうにも声をかけづらかったが、二の足を踏んでいてはわざわざ彼を探した意味もない。縁側でぼんやりと庭を眺めているところへ、開き直って無遠慮に立ち入った。
「虎徹、国広」
 名前を呼べば、二柱ともさして驚いた様子なく私を振り返る。「こんばんは、主さん」国広は朗らかにそう返してくれたし、「ああ」短く頷いた虎徹の様子もたぶん普段と変わらない。けどそれも、気を遣われているのだろう。社会人を続けていると、そういうのはなんとなく察せるようになるものである。
「今日は悪かったわね、私の配慮が足りなかった」
「気にしていない。むしろ、詫びるのはおれのほうだ」
 情けない姿を見せた、と苦く呟く虎徹の姿を、それこそ軽く笑い飛ばす。「新人のときが一番失敗して許されるんだから、それはいまでよかったと思ってよ」なにせ彼は昨日の夜に鍛刀プログラムで顕現し、今日が初陣だったのだから。貫禄たっぷりの新人は、私の言葉にようやく硬いくちもとを緩ませた。
「国広もごめんね、絶対いい思いでいてなかったのに」
「ううん、大丈夫だよ。むしろ、主さんの気を揉ませちゃいましたよね」
 虎徹に次ぐ新人の国広も、心労としては虎徹と同じようなものだ。頭を下げれば、ごく穏やかに顔をあげさせられた。
 ――起きたことの顛末は単純だ。長曽祢虎徹と堀川国広、新選組の佩刀としても有名な二柱も含めた部隊を幕末の哨戒任務に行かせたのである。
 誰の刀だったという自負があるのなら、当然その時代に思い入れもあるだろう。私の失態は、その思い入れを軽く見ていたことだ。私にとっては何百年も前の歴史でしかないことだけど、彼らにとって当時の出来事は、もっと生々しい記憶だった。それこそ、時間遡行軍の行動に親和性のある思考を抱く程度には。
 以前の持ち主に対する後悔を虎徹がこぼした、吉行がそれを窘めた。そして私はリアルタイム映像で彼らのログを確認していたから、その場でひとり頭を抱えた。オペレーターとしてはなかなかの失態である。
「陸奥守さんがああ言ってくれて、正直なところ、僕も助かりました。自分たちの使命を見失ってたら、格好よくないですからね」
 いままで国広からその類の話を聞いたことはなかったけど、彼も幕末の哨戒任務には思うところがあったのだろう。だからこそつくづく吉行には助けられたし、私の耳はよく痛む。もはや過去の三日月さんへなにも言い返せる自信がなかった。私より吉行のほうが、ずっと人心を理解している。
「……陸奥守、か」
 そしてその名前が出れば、虎徹はわかりやすく苦い顔になる。昼間の出来事があったばかりだから、まだ感情の処理も追いつかないのだろうが。「あわない?」吉行に聞いたのと同じことを尋ねれば、静かに息を吐きだされた。
「道理と正しさは理解している。それがあいつにあることも」
 つまりはあわないのだろう、そうでなきゃ返答を微妙にずらされはしまい。私はしばらく虎徹の顔を眺めて、あのさ、と声をぶつけた。
「虎徹って、メンタル強い?」
「は?」
 それまでは無難にしていた言葉のキャッチボールを突然暴投にした自覚はある。見るからに表情筋の硬そうな虎徹がわかりやすく唖然としたのには、ちょっと釈然としなかったが。「どう?」と尋ねれば、横でこっそり吹きだしていた国広がくちを開いた。
「強いですよ、なにせあの新選組局長の佩刀ですから。自分にも他人にも、厳しくて強いひとです」
「国広が言うなら間違いないわね。……悪いこと続きなんだけど、虎徹にお願いがあって」
 顕現されたあとや哨戒任務へ出る前の様子からの推測でしかないけども、彼はたぶん、周りに気を遣うよりどっしり構えて動かないタイプだ。他人に余計な気は遣わない、その代わり自分に気を遣ってほしいとも思わない、腹芸は通りにくいタイプ。ちなみに私もどっちかというと虎徹側である、だから今回みたいに配慮が足りなくて吉行をフォローに走らせてしまうのだ。
「吉行とのこと。かまえたり仲良くしたりしなくていいからさ、虎徹の思ったようにしててほしくて」
 言葉の方向性は同じ、けど構成要素には若干の違い。「いいのか?」虎徹もそう聞き返してくるってことは、今日の夕食の空気がぎくしゃくしていたことにはさすがに気付いていたらしい。「うん」それでも私は、頷いた。
「吉行ってさ、あれですごい面倒見いいの。私が三日月さんや国俊と揉めたときも間に入ってくれたし、国広がきてすぐの頃も積極的に色んなこと誘ってたし」
「うんうん。僕が土方さんの刀だからって気にして距離を取らないように、ご飯のこととか、興味を持った本のこととか、色々と気にかけてくれるんです」
 そう。虎徹にはややの当たりの強さを見せたものの、吉行の振舞いとしてはそこだけがイレギュラーなのだ。国広が顕現されてすぐの頃は彼に対しても、国俊たち周りの面々に対しても、余計な気兼ねはいらないとばかりに笑って国広の手を引いていた。国俊たちはたぶんなにも気にしていないけど、国広がさしたる遠慮もなく吉行と並んでキッチンに立っているのは、そういう余計なものを吉行がいち早く取り除いてくれたからだ。
「その吉行が、虎徹には割と気を遣わなかったから。なんか、そういうのもいいのかなって」
 そのぶん虎徹には、吉行からのやや強い当たりを受けてもらうことになってしまうわけだが。昼の一件を除くと、虎徹はそういうものにも強いように見えたのだ。
「もし吉行と虎徹が揉めても、虎徹には国広がいてくれるからってのもあると思う。それで気遣いしなくていい、雑な関係があるなら、吉行にとってちょっと息抜きになるかもしれないし」
 国行がすぐ私の揚げ足を取って、最近では私が言葉じゃなく手を返すようになっているみたいに。百パーセント思い遣りだけで出来ていない空間も、あって案外悪くない。
 私のお願いに、虎徹の顔が少しだけ緩む。それを見て、言葉をもらうより先にほっとした。
「ああ。おれもそのほうが、取り繕えと言われるよりよほどいい」
 彼の実直さは、間違いなく美徳だろう。ありがとうと言えば、今日の詫びだと軽く笑われる。昼間のこともその実直さの表れだし、なによりあれは私の配慮不足が招いたことなのだから、そう重く捉える必要すらないというのに。彼がその責任感で重々しく受け止めすぎないことだけが気がかりで、国広の顔を覗き込んだ。
「国広、虎徹のことお願い」
「ふふっ、任せて。兼さんがきたとき、胸を張って話せるくらいにしてみせますよ」
 国広の柔軟さとたおやかさがあるなら大丈夫だろうと思えるのが、彼の存在の心強さ。ありがとう、と。もう一度、二柱へ頭を下げた。