共用サーバーへ移行するということは、すなわち他サーバーの審神者や刀剣男士とも接触する可能性があるということ。その点は現実と条件が近いため、刀剣男士も現実と同じくホログラム状のデータとしての顕現に留められる。それでもうちの吉行は本丸と変わらず私の隣を歩いては、剥きだしの好奇心の赴くまま周囲をきょろきょろと見わたしては寄り道をしそうになっていた。
「吉行。朝はありがと」
「ん? わしもここに来てみたかったき、かまんちや」
明らかに今回の目的とは違うショップへ行こうとする吉行を止めながら告げれば、彼は片手を振りながら気持ちよく笑ってあっさり言う。実際、彼にとってはなんてことのないことだったのだろう。けれど私は、吉行の言葉に助けられていた。
「付き添いだけじゃなくって。吉行が制してくれなきゃ、たぶん話が拗れてただろうから」
国俊の話を聞いたとき、私が自分の感覚に従って声をあげていたら、着地点が同じであったにせよ辿る道筋は紆余曲折を経ていただろう。吉行が人差し指を立てて話を聞くよう促したから、きっと私は愛染国俊という付喪神の心中に最短ルートで到達することが出来た。
三日月さんの言葉が、少しだけ現実味を帯びる。吉行が人心をよく理解している、と言われたのは、きっとそういうことなのだろう。
「おお、そっちがか。それもなんちゃあない、けんど……せっかくがやき、一個聞いてもえいがね?」
「私にわかることなら」
「難しいことやない、おんしのことじゃ」
その吉行が私のことを聞きたがるというから、なんだか妙な気分になる。問われるほどの特異性もないはずだと思わず自己評価をし直していれば、吉行が子どもみたいに大きく首をかしげてみせた。
「主が趣味ってなんじゃ?」
「……趣味」
「ほうじゃ。主が食事を効率化しちゅうがはようわかりよる、けんどそうして作った時間をなにに使いゆうかが気になっての」
成る程、仕草と同じくらいなんてことのない質問。それくらいなら特に隠したてることもなく、更にいうのであればそれ以外のことでも別に隠すようなことはなく、私は改めて自分の趣味を見つめ直した。改めて聞かれると、答えるのにちょっと難しい内容だ。
「趣味、趣味ねぇ……。新しい情報見るのは好きかな、ブランドの新商品チェックしたり開発中デバイスの公開情報調べたり。そういうの、わくわくするでしょ」
「おっ、えいがねゃ! わしも新しいことは好きやき、ようわかるぜよ!」
特に情報の種類は特定していない。ただ新しいものを見て、なにが違うのかを調べて、ほうほうそうかこうなるのかって頷くのが好きなのだ。それが自分に有用な知識であれば取り込むし、そうでなければ流していく。その、情報のシャワーを浴びるような感覚が好きなのだ。
吉行が頷いてくれたから、少しだけ気分も上がり調子になる。「やきわしも、やっとうより銃が、銃より大砲が、大砲より交渉が好きじゃ」そんな風に、刀の付喪神とは思えない返事もわたされたのだが。審神者の利用しているシステムやサーバーは刀剣男士が受け入れやすいように日本の伝統建築様式だの名称だのに則っているけれど、吉行に関してはその必要もない気がする。
「ほいたらきっと、料理を作りゆうがもきっと気に入るちや」
「……なんで?」
にっこにっことご機嫌に笑う吉行の言葉が意外で、思わず問いかける。正直いまの私は、未だ料理と食事に対して乗り気ではないのだが。どうしても、それを非効率的で旧時代的だと感じてしまうのだ。なんせ私は国俊と違い、ただの人間でしかなかったので。
「主にとって、料理は新しく始めることじゃろ? それは前が時代に戻るんでも、新しい時代にいかれんで足踏みしゆうでもないねゃ。一見そう見えるだけで、こりゃあ新地開拓ぜよ」
やき、主もそう思って料理してみたらえいがじゃ! そう笑う吉行の、まぁなんと鮮やかなことだろう。ホログラム状のはずなのに、そう感じずにはいられなかった。
「……成る程」
「じゃろ?」
「いや、うん、確かに。……なんか、すごいね、吉行って」
「んん? ほうかえ?」
隣にいる彼の鮮烈さをひしひしと感じるのは、その色彩を認識したからというだけではないのだろう。きっと彼は、私よりよっぽど生き生きと現状を謳歌しているのだ。人生のコストダウンを目指す私とは真逆の、底までエネルギーを使うことも厭わない在り方。そりゃあ鮮やかに感じるはずだった。
「国俊が「普通にご飯食べたい」理由を聞いたときも、理解は出来たのよ。国俊はそうなんだろうなって、納得もした。……けど、なんだろ。吉行に言われたのはもっと、わかる、って感じ」
国俊の言葉を聞いたときに受けたのは、高いところに坐す存在の幽玄さ、みたいなものだった。畏れ多さだとか、そういう言葉に置き換えてもいい。あの瞬間、彼は確かに神様なのだと思った。
それに対して吉行の言葉は、もっと人間的なのだ。納得よりも共感に近く、だからこそ彼のエネルギーに同調して自分のリソースを払うことも良しとすることが出来る、そんな感覚。彼も国俊と同じ刀剣男士、二柱とも同等に付喪神のアバターであるのに。
これ以上は、当て嵌まる言葉がわからない。とにかく私は、そういう吉行がすごいと思ったのだ。
「……ふはは。なんぞ照れゆうのう」
「そこは照れずに喜んでよ、すごいなって言ってるんだから」
「ひひ、ありがとうの」
曰くの照れをごまかすためだろう、わざとらしく笑う姿は、ブロック・ブレッドを嫌がる三日月さんとか、朝のミーティングで早々にうとうとしようとした国行みたいな、有り触れたものだったけども。
「ほら、着いた。私ほんっとにわかんないから、レシピとご飯選び、頼むわよ」
「おうおう、任せちょけ! 一等えいがを選んじゅうね!」
斯くして初心者向けのレシピデータは複数にわたって購入されることとなり、そして吉行が接客用プログラムから実在の人間と商談を始め――話がまとまったときには、何故か破格の値段で旬の魚の定期購入契約が成立していた。
今日の夕飯? 続きはウェブで。
First appearance .. 2023/05/27@yumedrop