いつになく浮き足立った人物の退店を見送り、チャールズは浅く息を吐く。モンド人らしく当たり前に酒を嗜む一方で酒精が不釣りあいな稚さを抱く女性は、今日はいつになくその幼さを露わにしていた。
『エンジェルズシェア』でロサリアを待つ彼女が無事にその目的を遂げたとしても、ふたりの女性がともにこの店を出ることはない。片方は供立つ帰路をねだるのだが、もう片方がそれをのらりくらりと躱しては退勤後の西風騎士へ体よく託してしまうのだ。彼女は今日もそうして、理性の残る西風騎士に送られていった。
「応えてやればいいのによ」
「だって別に、そうする義理もないもの」
彼女の姿は、思いだすだけでも眦がほころぶほどに微笑ましい。約束を取りつけていない相手を健気に待ち、望まれていなくとも恋する相手のために贈りものを用意する。稚い恋心を独り善がりな押しつけだと称したロサリアはしかし、瞳のふちを冷たく凍らせてもいない。彼女はミート・パイを食べ終えてなお、その名残を惜しむように赤ワインへ舌鼓を打っていた。
「惚れた腫れたに義理は必要か?」
「感情と関係は別物よ。恋することと恋人になることは同義じゃない」
本当に彼女を疎ましく感じているのなら、そもそも彼女の待つ酒場へ、彼女のいる時間に足を運ぶ必要はない。たとえそこに明快な言葉がなくとも、たとえ彼女の好意をわかりやすく受け取らなくとも、それはロサリアからの意思表明だ。あの少女めいた人物の難点は、恋で盲目になるあまりそれを見落としてしまっていることだろう。
「これでいいのよ。恋なんて所詮は酒と同じ、身を焦がすのはほんの一瞬なんだから」
だがロサリアは彼女が見落とすことをわかって、その程度にしか自らの意思を露わにしない。その理由までは踏み込んだことがなくとも、彼女の心中を察することは難しくなかった。バーテンダーを長年務めていればひとのこころに触れることも少なくないし、なによりチャールズは、同じものを知っている。暁の遠い夜の残り香を安穏な日々から遠ざけんとする、真夜中の愛情を。
「彼女は精々、平和な場所で呑気に一喜一憂してたらいいわ」
「……まぁ、これ以上はなにも言わないさ」
彼女の胸のうちに対しても理解が及ぶために、チャールズは浅く息を吐いてくちを噤む。飾り棚に並ぶグラスのひとつを手に取って薄い硝子の曇りを拭き取りながら、ただし、と胸中で独り言ちる。
恋は酒と同じと言うが、彼女は生粋のモンド人だ。ならばその彼女の恋は、如何ほどのものだろう。