食堂の窓はぴったりと閉じられていて、けれど扉は開いていて、風が心地好く行き来する。ひかりと喧噪が入り混じる、騎士も士官学校の生徒も無関係にひとが立ち入っては後にする。遅い昼食、夕食前の小腹を満たす間食、ときには夕食の献立を確認したくて厨房を覗き込む生徒さえ。今日はシチューですよと伝えたら大はしゃぎをする大柄な生徒と手を振って別れれば、喧噪の間を縫うようにして名前を呼ばれた。
「シャミア、先生」
「待たせたな。悪いが、頼めるか」
「うん。すぐ用意するから」
シャミアの言葉に頷いて厨房へ戻る。彼女に連れられていた先生は不思議そうな表情をしていたから、きっとその表情のまま空いた席へ誘導されているのだろう。シャミアは余計な言葉をくちにしない。ときどきは、必要な言葉も。少し笑って、用意をして。厨房からトレイを持ってふたりの前へ並べれば、先生の瞳がわかりやすく輝いた。
「これは……?」
「礼だよ。あんたには迷惑かけただろう」
クリームを添えた焼き菓子と紅茶を配膳すると、シャミアは当たり前に隣の椅子を引く。それがくすぐったい、けれど嬉しい。だから呼ばれた通りに腰を下ろせば、彼女の瞳が僅かにたわんだ。触れあうことはない、けれどそれは、頬を撫でられたときと同じ心地を与えてくれた。
「あんな程度で、大袈裟だな」
先生はシャミアの言葉に軽く笑って、それでも焼き菓子に手を伸ばしてくれる。このひとのそういうところがシャミアにとってはきっと好ましくて、私にとっても心地好い。自分の用意したものに目を輝かせて「美味しい」と声をあげてくれるようなひとだから、尚更に。ふたりの茶器へ紅茶を淹れていると、その合間で彼女が笑った。
「そう言ってくれるならちょうどいい。牽制代も入ってるんでな」
普段となにも変わらない様子で笑いながら、彼女は言う。私はいままで、そればかりは聞いていなかったのに。これはあくまで、私たちのことを気にかけてくれて、ときどき私の面倒を見てくれる先生へのお礼に過ぎないと。手元の陶器を引っ繰り返しそうになりながら見つめても、彼女も、そして先生も、まるでいつもと変わらない顔で紅茶と焼き菓子を楽しんでいた。
「成る程、手作りの焼き菓子を分けてくれるわけだ」
「ああ。いい出来だろ?」
「羨ましくなるくらいに」
シャミアは言葉の通り、自分のものを自慢するみたいに笑う。先生はそれを見て、いつになくはっきりと笑う。それを見た私ばかりが恥ずかしくて、どうしようもなくて、その場で俯いてしまった。ふたりが一層、楽しそうに笑うから。
First appearance .. 2022/11/29@Privatter