マイ・ローズ - 4/4

( Support A+ / during the war )

 兵糧確認、資材調達、偵察任務、その他諸々。行軍中に出来る仕事を片付けて、それらの結果を書き付けた紙束を持って修道院の建物内へ。枢機卿の間で報告書の確認と内容把握をする人物は大抵決まっていたが、それでは業務過多になってしまう。もっと分業していいと思うんですよね、とロゼッタが提案したところ我らが先生に良しと頷いてもらったから、最近は彼女もそうした業務に当たっている。戦線に立ってばかりで色んな知識が吹っ飛んでいやしないか心配していたけれど、兄に詰め込まれた知識は取りこぼされていないようでなによりだ。お陰でこうした書類仕事にも、少しは貢献することが出来ている。
「失礼しまーす。兄様、はいこれ。騎馬隊と竜騎兵隊の資料と、こっちが間諜からの情報です。そんでこれは行商人から聞いた流通経路の現状」
「ああ、すまないな。これをまとめるのも大変だっただろう」
「兄様の仕事に比べれば可愛いもんですよ。私が直接報告出来れば、それが一番なんですけどねえ」
 扉を小突くのも程々に書類の束を持っていき、長机へ順に並べては軽く笑う。別にフェルディナントを立てるために彼を経由して報告しているわけではない、ただロゼッタでは報告にならない理由があった。それもまあ、戦時中であることを思えば大層くだらない話ではあるのだが。
「兄様と先生ぐらいしか、私の字が読めないんですもん」
「これでも昔に比べれば、随分上達したのだがな」
「私もそう思います! でも先生は、私に公文を書くのはまだ早いって」
 なにぶん彼女は悪筆で、文字の読み書きを教えた兄と士官学校時代に指導をしていた担任教師ぐらいしかロゼッタの文字を読み解くことが出来ないのである。暗号として用いるにはちょうど良いと皮肉を告げてきたのは、果たして誰だっただろうか。これに関しては反論の余地が一切なかったため、精進しますと頭を下げることしか彼女には許されていなかった。
「だが、お前がこうして報告をあげてくれるから助かるよ」
 それでもフェルディナントはロゼッタの仕事を受け取るたびに、こうして彼女を褒めて労うのだ。子供の頃によく覚えていたくすぐったさには未だに慣れなくて笑ってしまいながら、背中を曲げて兄の顔を覗き込む。「ねえ、兄様」猫撫で声でお伺いを立てるように呼びかければ、フェルディナントは少しばかり困ったような表情を浮かべて椅子を引いた。
「兄様、私はお役に立ってますか?」
「ああ、もちろんだ」
「兄様から見ても、私は優秀ですか?」
「当然だろう、我が自慢の妹なのだから」
「じゃあ兄様は、私が傍にいたら嬉しいですか?」
 こうして兄から称賛の言葉をねだるのも、実のところ今日が初めてのことではない。だからフェルディナントは少しだけ困り顔でロゼッタを見上げているのだ。重なる問いかけにはいつも同じところで返事が止まって、それとなく話を逸らされてしまったことも何回か。今日こそはと言葉を求めるように窓側へ泳いだ瞳を追いかけていると、観念したように溜息を漏らされた。
「この間からどうしたというのだ、お前は」
「だって兄様、私に対しては好きしなさいって言うのに、兄様の望むことは教えてくれないじゃないですか」
「前にも言っただろう。私の望みは、お前がお前の望むように生きることだ」
「それは私の兄様としての言葉でしょう?」
 フェルディナントは、兄は、いつだってロゼッタに優しい。まるで親が子を導くように知識を与え、世界を伝え、彼女自身に生きる道を選ばせる。そうしてロゼッタの選択のすべてを尊重する兄の姿を見て、はたと気が付いたのだ。彼はロゼッタを尊重するあまり、フェルディナントとしての望みを彼女の前でくちにしていないのだということに。
「私の未来は私のものですけど、兄様の未来は兄様のものです。兄様に望みがあるなら、私だってそれを叶えたい」
 彼に比べれば、ロゼッタに出来ることなんて高が知れている。それでも兄にとって最も好ましい選択があるのなら、自分だってそれを尊重したいのだ。だから手始めに、まずは自分の関与の有無から。兄様、と呼びかけながら瞳をじっと見つめれば、こぼれる吐息。そこにはお手上げだとでもいわんばかりの苦みを伴っていたのに、フェルディナントはその顔に笑みを滲ませていた。
「まったく……。お前に甘えられると弱いのだと、知っているだろう」
「ふふ、知ってるからこうやって聞いてるんです」
 昔に比べて傷の増えた指で頬を撫でられ、厚みの増した手のひらの温度に笑い声をついこぼす。離れたくないな、と。当たり前にそう望みながら、もう一度問いかける。「兄様は、私が一緒にいたら嬉しいですか?」丁寧に頬を包まれる、その温かさが心地好くて目を閉じた。
「もちろんだ、私の愛しい野ばら。お前が誰かの下へ嫁ぐ未来を想像したくないと、そんなことを考えてしまうのだから」
「じゃあ嫁がなかったらいいんですよ。私だって、兄様と一緒が一番嬉しい」


First appearance .. 2020/02/25@Privatter, another name