微睡みのまほろば - 3/4

 とっぷり、夜の暮れる音がする。さらり、空に星の散りばめられる音。わたしにとっての鳥の声、とろりとした微睡みと交わすお別れの挨拶。窓から見える夜は薄らけぶって、空の瞳には風砂のカーテン。わたしと世界を遮断する砂土は、それでもわたしを安心させる。わたしはずっと、砂土のかいなに抱かれていたから。
「リーシャ」
 まるで揺りかごのような、夜の砂。見える景色に預けていたわたしのこころは、そこからすぐにひっくり返る。愛しいひとの声、わたしが知る唯一の熱。振り返る前に抱き締められたから、わたしも熱の灯った腕を抱き締めた。
「なあに、ディシア」
「お誘いだよ、夜のな」
 肌のごく表面を焦がす炎の粉、爆ぜる熱の破片に頬を寄せる。ディシアはいつだって熱くて、寄せた肌の向こうからはごうごうと炎のうねる音がする。そうして彼女の心音に包まれていると、ときどき夢を見てしまう。愛するひとの炎に身投げする、幸福な夢を見る。
「もう眠るの?」
「もう寝るんだ。明日の朝が早いのは、あんたも同じだぜ」
 けれど夢想は幻想、現実からは遠いまほろば。わたしの身体が彼女の灼熱に焼き尽くされることはなく、この身はディシアの熱を感じられるほどに冷たいまま。わたしの魂は、夜の砂以外を褥として選べないから。
「今日は眠れるかしら」
「寝れなかったら、それでもいいさ」
 それでもわたしは、それでいい。わたしの身体が冷たい限り、わたしは彼女の熱を感じられる。ディシアが炎を燃やす限り、彼女はわたしの冷たく乾いた夜を愛していられる。どうしたって同じものになれないからこそ、わたしたちはわたしたちを求めあえる。
「ほら。おいで、リーシャ」
「はあい」
 だからわたしはディシアのあたたかな腕に抱かれたまま、冷たい身体で彼女を抱き締める。抱きあげられた瞬間のふわりとした心地は、浮足立ったこころと同じ。ベッドまでの短い距離を歩くこともなく、乾いたシーツと同一化。さらりとした感触は、細やかな砂の海に少し似ている。
「ディシア」
「なんだよ」
「おいで、ディシア」
 あなたを抱く褥になる幸福と一緒くたになって、彼女の真似をしながら手を伸ばす。まるで塗り絵のような児戯、ディシアはそれに小さく笑う。「はいはい」頷いたあとに腕のなかへ飛び込んでくる、美しい炎。わたしの影を形取って、わたしのかたちを教えてくれるひかり。いまのわたしは、どんなかたちをしているだろう。
「ふふ」
「どうした?」
「嬉しい、って思ったの」
 ごうごう、炎の燃える音が肌の向こうから聞こえてくる。寄せあった皮膚に隙間はないから、すなわちここは、世界で一番あなたに近い場所。その幸福に酔い痴れて瞳を閉じると、ディシアもそっとわたしの身体を抱き締めた。ゼロが、一層ゼロになる。
「……ああ、そうだな」
 ディシアの瞳の閉じる音、長い睫毛の震える感覚。風砂の吹きすさぶ音だけが聞こえる夜、肌が焦げるのを感じながら眠りの波打ち際でまどろみのさざ波と戯れる。それは愛するひとを追いかけて世界をわたるまでの、とろけるような至純の喜び。

( 微睡みのまほろば )