夜漠におやすみ - 2/2

 身を寄せあうようにして夜を明かし、砂塵でけぶる陽光の下へ舞い戻る。三人の旅はひとりの道行きよりも快適で、リーシャは想像していたよりもずっと短い時間で目的地へと到着した。
 キングデシェレト、もしくはナブ・マリカッタ。やむことのない砂塵の褥に眠る遺跡のふちから崩れ落ちた建物の内側へ潜り込み、砂嵐からの避難を果たす。外套の皺に張りついてはこぼれ落ちる砂粒を払いながら規則正しいかたちに整えられた石の床を探り、やがて彼女は古めかしい石板の隣に落ちた真新しい紙束を拾いあげた。
「見つけた?」
「うん」
 リーシャとともに落とし物の捜索をしていたジェイドへ頷き、砂ですっかりざらついた紙たちを麻の紐でひとつにまとめる。遺跡の調査をしていたところで魔物に襲われ撤退したという冒険者の置き土産は風砂の波に乗ってこそいたが、建物の内側へ着地していたことが幸いした。あとはこれを持ち帰れば、リーシャの仕事も完了する。
「……ねえ、リーシャ」
 ああ、けれど。呼ぶ声のさみしさに、外へ出ようと遺跡の壁へ引っかけていた指をほどく。背後を振り返れば砂嵐に襲われることのない場所で、ジェイドがまるで迷子のように立ち尽くしていた。
「なあに、ジェイド」
 さみしい瞳、孤独な手指。熱の篭もらない、太陽が眠れば寒さに震えるだけの冷たい砂。ジェイドのなかでは、夜の砂漠が広がっている。リーシャの生きる、果てなく凍てつく砂礫の世界が。
 夜の砂はどうしたって冷たく乾いていて、孤独の輪郭を鮮明にさせるから。寒い夜には生き物たちが身を寄せあうように、夜の砂漠を識るものは自然と互いを感じ取ることが出来る。ジェイドの指が、リーシャにゆっくりと伸ばされた。縋るような震える指を、手のひらで受けとめる。彼女の手はリーシャのそれより、少しだけあたたかかった。
「リーシャは、どこに帰るの?」
 紡がれる声はいじらしい。本当はリーシャを抱き締めたいだろうに、ジェイドはきっと、彼女の傍に浮かぶ蜃気楼を見つけてしまったのだ。冷たい砂塵のなかで生きる彼女がずうっと見あげ続けている、揺らめく熱源、太陽の如く鮮烈な炎を。
「わたしが愛しているひとのところに」
 夜の砂漠を楽園として、永遠にふたりで眠る夢。それは月の見せた幻影に過ぎず、けれどひとは夢まぼろしに焦がれてしまう。人差し指が、そっと握り締められる。リーシャはそれを、柔らかく包み込んだ。手のひらにちからを込めることはない。骨身が砕かれるほどを望みあうのは、愛しびとだけだったから。
「……それなら、また会える?」
「会えるわ。あなたがさみしい限り」
 往く道の違いを、辿り着く先のずれを理解しているからこそ、繋がっていた手指はやがてほどけて元通り。それでも果てなく広がる夜の砂漠ではリーシャを探す声が響いたから、彼女は微笑とともに頷いた。ジェイドがそこにいるのなら、再会は易い。リーシャはずっと、からからとした夜の住人なのだから。
 ああでも、と。小さく囁き、顔をあげる。「ブンブン」短い旅路の友人に手を伸ばせば、小さな三角形はリーシャの指を拒むこともなく「ピピー」と鳴きながらそれを受け入れる。無機物のひんやりとした触り心地に、リーシャはそっと微笑んだ。
「きっと大丈夫。ブンブンが、あたたかいから」


First appearance .. 2023/07/15@yumedrop