くすぐるような、皮膚への吐息。触れたくちびるは甘い、頸をなぞる指は熱い。いつしか骨の芯となってしまった冷たさが僅かにさざめく、そうして肌がぬるく波打つ。とん、とん、心臓の稼働音。あなたのいる夜だけの、特別な鼓動。わたしも彼女へ身を寄せて、飴色の肌にくちびるを返す。身体の中心から、どん、どん、生きる音。息衝く声を肌と骨で聞き取る幸福に酔い痴れていると、そうっと腕を撫でられた。
「痣、ちょっと増えたな」
「痣だけよ。手加減されているの」
「そりゃそうだ。手加減されてなかったら、今頃どうなってたか」
腕の内側と、外側と、背中と、脇腹と、腿と。増えた痣と擦り傷、そのすべてをくちびるで慈しまれる。彼女がそうしてくれるから、やがて消える傷がわたしに勲章を残してくれる。
「でも、ちゃんとキャンディスの稽古にはついていけてるんだろ。充分だよ」
「そうかしら」
外ではまた怖いことが起きていて、外ではまだ悪いものが蠢いている。だからディシアは最近たくさん戻ってきてくれて、わたしの隣で夜を過ごしてくれる。けれどわたしは夜の生き物だから、どうしても怖いものと目があってしまうかもしれない。だからせめて、怖いものがわたしの手首をつかんだときに、それを振り払えるように。キャンディスに乞えば、彼女は切なく笑って頷いた。痛みを孕んだ黄金の湖が、わたしの手を掬いとった。
「なんだ、あたしの言葉が信じられないのか?」
「ううん、信じられる」
「なら大丈夫だ。もしかすると、意外に才能があるかもしれないぜ」
いまその手指は、ディシアに掬いあげられている。はじめて出来た剣だこにくちづけられて、わたしのなかに勲章がまたひとつ。才能があったら、どうしよう。囁いて問いかけたら、どうしような、なんて笑われた。
夢物語をくちずさむような声。まるで、夜に酔っているみたいに。それはすなわち、月が眠るのと同時に訪れる風化。彼女には、わたしよりずっと色んなものが見えている。だからそれが夢でしかないと、わかっている。
「……ディシア」
「どうした?」
「まだ、外は怖いのかしら」
わたしは、彼女の見えているものが見えなくて。それでも、あなたの瞳だけは見えている。あなたにだけは決して見えない唯一、それが彼女の意思を離れてわたしへ囁きかける。夢は夢、冷たい夜の幻想と。
「ああ、まだ厄介なやつがいるらしい。だからリーシャ、あんま外に出るんじゃねぇぞ」
わたしを掬うあなたの指の熱さと、真反対。熱く烈しいあなたの傷跡に、わたしの痣は遠く及ばない。あなたの祝福がなければ無意味な擦り傷を、自分で撫でた。
「うん。用がないときは、おうちでじっとしているわ」
わたしとあなたの、温度の違い。それは昼と夜のように混ざることを知らなくて、わたしは指の隙間で夢物語を磨り潰す。それは砂っぽくて、冷たくて、どこまでも乾いていて。どうしようもなく、わたしをわたしにさせている。