子供の情景 - 1/5

 ぼうっとしている間にチャイムが鳴る。顔をあげて教室にかかった時計を見たら、下校時刻の三十分前。溜息が出る、けど今更なにか思うこともなかった。
 なにもしないでいるなんて、いまに始まったことじゃない。

 教室の鍵を先生に返して下駄箱に向かう。靴を履き替えていたら、薄暗い校舎の向こうが妙に騒がしくなった。部活だった誰かがつるんで帰ろうとしているのだろう。どうせあたしには関係ないものだ。自分の下駄箱からローファーを出したところで、騒ぎ声のひとつずつが聞き取れるほど近くなる。なんの気もなしに振り返ったら、そこにクラスメイトがいた。
「……千早、藤堂」
「茅ヶ崎さん」
 同じクラス、ついでに言えば後ろの席。千早もあたしにちょっとだけ驚いたみたいだった。それもそうだろう、この時間に誰かとすれ違うことって案外ない。少なくともあたしは初めてだった。
「ん? うお、茅ヶ崎」
 向こう側の下駄箱に向かってぎゃんぎゃん言っていた藤堂もあたしに気付くと、千早と時間差でちょっと驚く。ふたりを見て、そういえば、と思いだした。見るからに意識高い系の千早と、わかりやすく不良の藤堂。朝のホームルームが始まるのを待っている間に聞こえた、一見つるみそうにないふたりの共通点を。
「野球部、入ったんだっけ」
「ん、おう」
「まぁ、成り行きで」
 同じ部活らしいふたりは、つまり野球部の練習が終わったところなのだろう。入学して早々、入部して早々に下校時刻ぎりぎりまで練習だなんてご苦労なことだ。大変だね、と適当に言ったら、そうでもないですよ、だって。こういうスカして当たり障りのない感じ、まだよく知らないけど千早らしいと思う。
「そういうお前は部活か?」
「あたし帰宅部だから」
 それとは逆に、藤堂は普通にこっちへ踏み込んでくる。あくまであたしが踏み込んだ程度、だけど。ぱっと見は藤堂のほうがいかつくて怖そうだけど、喋ってみれば肌感は千早のほうが話しにくい。でもあたしは千早の距離感のほうが馴染みがあったから、別に、どっちのほうが好き嫌いってこともなかった。そもそも、好き嫌いを覚えるほどの付きあいがある相手でもない。
「その割に下校時刻まで残ってたんですね」
「んー、まぁ確かに」
「なんか適当な返事だな」
「んー、まぁそうかも」
 床に落としていたローファーへ足を突っ込んで、下駄箱に上履きをしまう。爪先で床をノックしてローファーに踵を押し込みながら、にこにこしたままの千早と呆れ顔の藤堂に目を向けた。
「実際、テキトーだから」
 昨日も、今日も、なにもしないまま終わっている。これがテキトーじゃなくてなんだと言うのだろう。ふたりと帰るわけでもないから、あたしが先に下駄箱を離れる。「また明日」さようならの代わりを言ったら、おう、ええ、いかにもふたりらしい返事。あたしはそのまま、ちょっと煩くなった校舎を離れてグランドの端を通る。
 後ろからずっと響いている騒々しさに、それっぽい、なんてくだらない感想だけが浮かんだ。