文章

あとは野に咲く花となれ

 その存在を認識したのは、春を迎えてしばらくが経った頃のことだった。 幼馴染を付き合わせては日課の如く訓練場で剣を振るい、適当な理由を付けてそこを去っていった軽薄な後姿にフェリクスが溜息を吐いたときのことだ。幼馴染の赤髪が視界の端に映らなく…

アンダー・ザ

( Support C / in school ) 中庭に広がる薔薇園のふち、仄かに甘やかな花の香りが広がる影。リンハルトが最近発見した昼寝場所は中庭からも建物からも死角となっているようで、誰かが自分を探しにやってくることもない。午睡と惰眠…

マイ・ロード

( Support C / in school ) それは修道院の食堂横を通り、市街地へ向かおうとしたときのことだ。休日に広がる独特の喧噪のなかでも僅かに異質なものを見つけたから視線をそちらへ滑らせれば、女性のひとりが困り果てたような顔で頭…

マイ・ローズ

( Support C / in school ) 夜半過ぎに隣の部屋の扉を数回小突く。なかから声が聞こえるよりも先に「兄様」と呼びかければ「入りなさい」とお許しをもらったから、お邪魔しますと扉を開ける。夜に異性の部屋へ足を運んではいけない…

魚は天馬の夢を見るか

 窓を開ければ風が差し込む。晴れて乾いた空気、山際のそれより柔らかくしっとりとした。食堂の窓のすべてを開けて、広い空間の掃除を始める。ガルグ=マク大聖堂では規則正しい生活をしているひとが多いから、朝には朝の混雑があって、それまでにはこの場所…

宝石をさがす旅

「。しばらくの間、君に暇を与えようと思う」 主君からの言葉に、耳を疑った。けれどこの身体は、他ならぬ主君から傾けられるものだけは取り違えることがない。それならばと、次に自らの頭を疑った。だが都合の悪い幻聴が内から生まれいずるとも考えられず、…

ブルー・バード

 開けた宝箱のなかからこぼれだす金銀財宝に、思わず感嘆の息が漏れる。世界各地を巡って幾多もの旅を重ねてきたけれど、これほどの煌めきは幾らも出会ったことがない。それほどまでの輝きに、旅人はともに宝箱の蓋を開いた仲間と思わず手を握り締めあった。…

私の小鳥

 戦禍の深手が未だ色濃く残る土地の視察に向かい、帰りに立ち寄った望瀧村でひとびとの声に耳を傾け、それと同時に提出される報告書を腕に抱く。そうして心海が珊瑚宮へ戻ったときには既に夜が世界へ暗い緞帳を落としており、人気の少ない回廊でささやかな吐…

神さまのくれたさよなら

 璃月の大通りは朝一番であろうと賑わっているのが日々の在りようであり、しかし今日に限ってはそれも幾らかおとなしい。ひと匙ぶんの静けさを切なく思うのは、自らが璃月の民であるからなのだろう。感傷未満の思いをくちに含みながら分かれ道に差し掛かった…

機織り、過日より

 ううん、と背伸びをしてもなお、本棚の最上段にはぎりぎり辛うじて手が届かない。より多くの書物を収納するのが本棚の本懐ではあるのだろうが、ひとの手が届かなければ結局のところその収納に果たしてどれほどの意味があるのか。は誰に向けることも出来ない…

錦織の傘を差す

 ひとに満ちた璃月港は、いつだって活気に溢れている。それが燦々と陽光の降り注ぐ昼下がりであれば尚のこと、そこかしこで商人と客のささやかな賑わいが生まれていた。 さてそんな璃月港の小路を通りかかった旅人は、ふとその先の喧噪に気が付いた。開かれ…

花のわだち

 港で受け取った荷で両腕を満たし、軽い足取りで自宅へ戻る。小さな工房を孕んだ、ささやかだが満足のいく仮住まい。場所を与えられて間もなくは恐縮したしそわついてもしまったが、三日も住めばそこが最たる都となる。故郷の稲妻と並ぶ安寧の場所はもう目前…