原神

花のわだち

 港で受け取った荷で両腕を満たし、軽い足取りで自宅へ戻る。小さな工房を孕んだ、ささやかだが満足のいく仮住まい。場所を与えられて間もなくは恐縮したしそわついてもしまったが、三日も住めばそこが最たる都となる。故郷の稲妻と並ぶ安寧の場所はもう目前…

戦場の金糸雀

 日も暮れて疾うに経ち、戦の気配も遠退いた頃。珊瑚宮にて報告を済ませ戦線維持のための策を預かったのち、望瀧村へと足を向ける。小さな村には抵抗軍の拠点が設けられており、ささやかな造りの門を潜れば見張り番を務める兵士から敬礼を向けられる。それに…

ロマンティック・ナイト

 ベルを鳴らして扉を開けば、喧噪を縫うようにして刺さる視線。その瞳の不躾さにも慣れてしまったけど、うんざりする気持ちが消えないわけじゃない。この国へ干渉を試みているのはファデュイという組織であって、私個人じゃないというのに。顔色を覗き見るよ…

夜漠におやすみ

 地を踏み締める足の下からは砂の擦れる感触、外套から覗く景色は轟々たる砂礫の嵐。生まれてからずっとそこにある光景には、今更なにがしかの感慨を抱くこともない。吹きすさぶ砂粒に瞳を潰されないようそれらの間を掻い潜る術は、歩くと同時に出来るように…

夜の砂間、黄昏の海

 すべてを終えて『熾光の猟獣』の拠点へ戻ったとき、既に夜は深く更けていた。アジトの内側は静寂に伏しており、ひかりはディシアの手元を照らすカンテラのみ。身内と呼ぶに相応しい相手の誰とも顔をあわせていないことへの言い知れぬ乾いた心地、けれどそれ…

プリズム・デザート

 とぷり、井戸の底ほど深い夜。熱が溶けて肌を伝い、水気を含んだ愛情が、じゅん、と身体の奥で小さな音を立てる。たったひとりでは生まれないもの、あなたがいないと生じないもの。じゅくじゅくとした愛情に揺蕩いながら、わたしを抱き締める熱い腕に手を伸…

金継ぎの華

 夕暮れ前の花見坂は、馴染み深くもほの切ない。傾きかけの太陽に照らされた屋根瓦は郷愁の前触れに光り、並んだ軒からはその合間を縫うようにして香り立つ前の湯気があがる。日暮れ前、夕餉の香りが広がる前の、賑わいとぬくもりの真ん中。その僅かな時間は…

熾った種はカンテラへ

 そういえば、とその声をあげたのは、いまから思い返してみれば果たして誰であったのか。トーマにとっては仕事の一部でもある夕餉の支度の最中、縁側で幾人かが集まって絹さやのすじを取っていたときに、そんな声が漏れたのだ。 九条鎌治と柊千里の婚姻騒動…