「いっただっきまーす!」
「はいどうぞ、たくさん召しあがれ」
お夕飯の時間になったら全員集合して、みんなで一緒に食卓を囲む。我が家のルールはいつも通り、今日のご飯も味は最高。ジャガイモの煮っころがしが美味しくてそればっかり食べちゃってたら「こーら、青菜もちゃんと食べな」とお箸をつけていなかった小松菜の小鉢を突き出される。別に残すつもりじゃなかったもん、ちょっとお箸が伸びていなかっただけで。
でも小松菜と一緒に炒められたちりめんじゃこに目で訴えられたからには美味しく食べるのが食事の礼儀、小鉢の中身も頂きます。青菜の苦みはおじゃこのしょっぱさでカバー、お陰で今日も美味しく小松菜を食べられている。
「……なあ」
「ん? どしたの、パパ」
「夕飯が終わったら、少し話がある」
塩鮭をほぐして食べていた虎徹パパは、ちょっと珍しいくらいに真剣な顔。わたしのパパはどっちかといえば無口なほうで、いつもにこにこしているタイプじゃないけど、それでもパパ比いつもより難しい顔だったから、きっと大事な話なんだろう。くちのなかにごはんが入っていたからこっくり首を動かして答えれば、パパはちょっとだけほっとしたように笑った。
そんなに難しい顔になるなんて、いったいどんな話だろう。お引越し? 受験のこと? 高校で進路希望調査表が配られたばっかりだったから、そういう話なのかもしれない。ちょっとどきどきしながらもお夕飯を食べ終わって、全員で両手あわせて「ご馳走様でした!」。今日の片付け当番はわたしだから、みんなのお茶碗から順番に重ねていった。
「パパ、食器洗ってからでもいい?」
「ああ」
「お茶もいりますよね。僕も手伝うよ」
「いいの? ありがと、国広くん!」
ごはんのお茶碗とみそ汁の入っていたお椀をまとめたところで、国広くんが焼き魚の乗っていたお皿をまとめてくれる。ラッキー、と思ったのは、国広くんの淹れるお茶が美味しいから。わたしがお茶を淹れると、微妙に薄くなってしまうのだ。
国広くんとふたりで食器を運んで、量の多いお皿をふたりでやっつける。でも洗った食器を拭くのはわたしひとり、なんせ国広くんにはみんなのお茶を淹れるという重大ミッションがある。
「お茶、半分持ってっとくね」
「うん、ありがとう」
薄くもなくて、渋くもなくて、ちょうどいい美味しさの緑茶のみっつをお盆に乗せてリビングまで持っていく。お湯のみを配っていたら国広くんもキッチンから戻ってきて残りのお茶を置いてくれたから、全員食卓に再集合。パパだけじゃなくみんなもちょっと真剣な顔だったから、なんだか妙に不安になった。もしかして、大学とか専門学校に行きたいって話になってもお金がないとか、そういう話なのかしら。
「……すまんな、突然」
「んーん。でもなに、どしたの? パパ、顔怖いよ」
パパは口下手で、話を切りだすのもちょっと下手だから、そうやって聞いてあげるのがわたしの役目。眉間に何本も皺を寄せているパパは、しばらく黙ったあとにようやく重いくちを開いた。
「お前も、もう高校二年生だ。来年には、受験なり就活なりがあるだろう」
「うん。進路、まだどうしよっかなーって感じだけど」
「それで、だ。……お前に、ずっと言っていなかったことがある」
パパはずっと難しい顔をしているから、やっぱり、わたしが思っていた以上にお金がないって話なのかもしれない。うちはパパが剣術道場をしていて、国広くんみたいな生徒さんが住み込みで修練しているから、生活費が圧迫されているのかも。
でも、それで解散になっちゃうのはすごく嫌だ。国広くんたちはわたしが小さい頃からずっと一緒にいて、アルバムにもいっぱい一緒に映っている、それこそ家族なのだから。パパが一家離散って言うなら、じゃあわたしもバイトしてみんなと一緒に生活費を稼ごう。そうこころに決めるまでの間も、パパはずっと黙っていた。
「……本当は、おれは、お前のパパじゃないんだ」
「……うん?」
長い長いだんまりのあと、パパは言う。それはわたしが想像していたものと全然違う言葉だったから、ちゃんと返事をすることが出来なかった。
「そ、っかあ?」
きょとん、というか、ぽかん、というか。そんな感じでとりあえず頷くと、パパの隣でパパと一緒にしかめっ面をしていた兼さんが大きな溜息をつく。「お前なあ、そっか、じゃねぇだろ」そんなこと言われましても、という気分だ。こちとら一家離散さえ覚悟したのだから。
「それってつまり、パパとわたしは血が繋がってないってことだよね?」
「ああ」
「なら、そっかぁ、だよ。兼さんも国広くんも、清光も安貞も、血は繋がってないけど家族じゃん。血が繋がってなくたって、パパはわたしのパパだもん」
パパの言葉に別段ショックを受けなかったのも、ふーんそっかあ、で終わったのも、わたしはそう思っているからだ。小学生の頃、男子にいじめられて泣いていたら怒って竹刀片手に学校まで乗り込んでいった兼さんや、緑の野菜がいまより苦手だったときにこっそり食べてくれた安貞、わたしがお気に入りのスカートを履いたら一番に可愛いって褒めてくれる清光、わたしの連絡帳をいつも書いてくれた国広くん。パパの生徒さんたちみんな、わたしにとってはお兄ちゃんなのだ。
パパと血が繋がってなくたって、パパがわたしを高い高いして天井にわたしの頭をぶつけてしまったこととか、パパの掻いた胡坐のなかに入り込んで難しい本を一緒に読もうとしたこととか、ふたりでスーパーへお買い物したときにこっそりおやつを食べて帰ったこととかがなくなるわけじゃない。むしろ血が繋がってないのに私を育ててくれたんだから、それってすごくない? とさえ思う。
「あっでも、それなら血の繋がったお父さんがいるんだよね? それは気になるかも」
ただ、気になるといえばそのことくらい。相当重い事情があってパパがわたしのパパになったんだったら気軽に聞けることでもないけど、それなら尚更、いまくらいしか聞けるタイミングもない気がする。そろりとパパの様子をお伺い、眉間の皺は特に増えていなかった。
「ああ、そうだな。お前の本当の父親は、母親と同じ――審神者だったんだ」
「そうなの!? お父さんもだったんだぁ……」
パパが教えてくれたのは、世界で起きている戦いの端っこ。人類は時間遡行軍という敵と戦っていて、いま現在の我が家は平和なものだけど、実はこの世界、いつどこで戦いが起こるかわかったもんじゃないのだ。
その敵と唯一戦う手段を持っているのが、審神者というひとたち。病気で死んじゃったママが審神者だったんだよ、とは聞いていたけど、まさかお父さんもだなんて。「もしかしてわたし、審神者ハイブリッド?」思わずそう聞くと、清光がちょっと吹きだしながら頷いてくれた。やった。
「お前の父親は交通事故で命を落とし、母親もそのすぐあとに亡くなってしまってな。お前の母親に頼まれていたこともあり、おれたちがお前を育てることになったんだ」
わたしの記憶にほとんどいない、わたしのママとお父さん。ふたりの話を聞くのはなんだか不思議な気分で、他人事めいているのに少しだけさみしくて切ない感じ。そっかあ、と少しだけ頷く。兼さんも、今度は呆れなかった。
「……ん? じゃあパパはママの親戚とかなの?」
「いや、それは」
ちょこっと思いを巡らせて、そのあとふっと疑問が浮かぶ。パパはわたしと血が繋がってないって言ったけど、ママの親戚なら繋がっているはずなのでは? 事情がよくわからなくてパパに聞いたら、また難しい顔になってしまった。言いづらい、というよりも、気まずい、みたいな顔。
「……おれは」
「うん」
「ママの――主の、刀なんだ」
パパの言葉に、はっとする。言われるまで思いもしなかった、言われたらすとんと納得した。逆にいままで、どうして思いつかなかったんだろう。ママが審神者だったなら、ママの傍に刀剣男士がいるのはごく当たり前のことなのに。
「……じゃあ、みんなも?」
「ああ。オレたちは全員、お前の母親の刀剣男士だ。この家だって、本丸の一部を現代に移築させたもんなんだぜ」
兼さんは、なんだか昔を懐かしむみたいな顔で笑って言う。きっとママと一緒にいたときのことを思いだしているんだろう。そうやって懐かしむくらいママと仲がよかったから、わたしのことも育てようって思ってくれた。それはとっても嬉しくて、ほとんど知らないママのことを感じられて、パパがママの昔話をするときみたいに胸があたたかくなるはずなのに。
「……そっ、かぁ」
わたしのなかは、それどころじゃなくなってしまって。どうしようって、震えて固まってしまった。
「つまり、だ。お前には審神者になる資格がある。お前の霊力や才能は、おれでさえ感じられるほどだからな。……だから進路を決めるなら、選択肢のひとつとして考えてもいいだろう」
パパの声がわたしのなかにうまく残らなくて、つるつると滑っていく。とりあえず頷くことは出来るけど、それ以外のことは全部駄目。自分のなかがバカになっちゃったのがわかるけど、それをうまく言える気もしなかった。
「……ま、突然こんな話されても困るよね。ゆっくり考えなよ」
わたしのテンションが明らかに変わってしまったのが自分でもわかる、そんなわたしを慰めるみたいに清光が頭を撫でてくれる。うん、って頷いて、ネイルの綺麗な清光の指を見て、ちょっとだけ笑っている彼を見た。
「清光も、神さまなの?」
「神さま、って言うほど大仰なもんじゃないけどね。そうだよ、付喪神で刀剣男士」
「そっかぁ……」
清光の言葉をなんとか受け止めて、こっくり、首を縦に振る。
それでもやっぱり、ああ、どうしよう。