とぷり、井戸の底ほど深い夜。熱が溶けて肌を伝い、水気を含んだ愛情が、じゅん、と身体の奥で小さな音を立てる。たったひとりでは生まれないもの、あなたがいないと生じないもの。じゅくじゅくとした愛情に揺蕩いながら、わたしを抱き締める熱い腕に手を伸ばす。
「ん、……どうした?」
「ううん」
身体が丁寧に抱き締められる。熱の宿った、彼女の指先。それはどこまでも冷たい私の骨の奥を、ようやく、少しだけあたためてくれる。後頭部を撫でられるから、わたしも彼女の頬を撫でた。触れた先、ぬくみがふわり。
「ディシアだなあって、思ってたの」
「はは、なに当たり前のこと言ってんだ」
指の根元まで、全部でわたしを包むのは、ディシアだけの触り方。ほかを知らない、わたしにとっての唯一。唯一性の再認識、そうした理由に自分で首をかしげてしまう。だって、彼女の言う通りだった。わたしに熱をくれるのは、彼女だけ。どうしてわたしは、わざわざそれを確認したのだろう。
もう一度、抱き締める。頭を撫でていた手のひらが背中に伸びて、何度となく、抱き締められる。隙間ない肌の接触。汗でしっとりした皮膚、香水の残り香と混ざって生まれる彼女のにおい。わたししか知らない、ほかを知らない、彼女のかたち。鎖骨の根元に顔を寄せれば、頭の天辺に頬を寄せられた。
「なんか、なんだか、あなたを確認したくなったみたい」
「ふうん? ま、幾らだって確認したらいい」
「うん」
ディシアの腕はあたたかい。その指先は燃えているみたいに熱くて、触れた肌はその裡に太陽を飼っているかのよう。夜の砂漠しか知らないわたしにとっての、真昼の具現。井戸の底に沈んだ太陽が少しずつ月へすり替わるのを感じながら、世界と同じに、眠ろうとする太陽へ身を委ねる。夜空で爛々と燃える月と同じ、わたしに微睡みはまだ訪れないけれど。
うとうと、とろけて止まりそうな空気のなかでディシアがわたしを抱き締める。フェイスパウダーも、アイシャドウも、彼女の華やかさのすべてが眠った、まっさらな瞼。「ディシア?」閉じかけの瞳を見あげて小さく呼べば、綺麗なくちびるが美しい曲線を静かに生んだ。
「リーシャだなって、思ったんだ」
まるで子どもがするみたいな、影絵のような言葉。それが愛おしくて、何度も頷く。ええ、そう、リーシャよ。そう言えば、ふつふつ、あたためた小鍋に浮かぶ泡みたいな笑い声。けれどもう火は消えているから、彼女は戯れののちに夜から退去する。仕方のないこと、明日の朝には発たなければいけないのだから。
「……ディシア」
もう返事がないことをわかったうえで、名前を呼ぶ。あたたかさのなかで、冷たい夜を飼い馴らす。確認するまでもない、彼女の熱。それはずっと熱くて、いままでよりももっと熱くて、それを確認したからこそ、遅れて理解する。
わたしとあなたの、温度の違い。だってそれがなければ、こんなに触れているあなたの指をずっと熱く感じるだなんて、おかしなことでしょう。